ブラジリアン柔術

元サッカー部ベンチの運動音痴が柔術で紫帯になるまでの過程を振り返ってみた。『前編』

トミショー
トミショー
こんにちは、柔術ブログBJJMONSTER管理人のトミショーです!

この記事は、学生時代サッカー部でベンチだった私が柔術で紫帯になるまでの過程についてざっくばらんに書いています。

特に系統立てて書いた文章ではありませんので、お時間のある際にでも読んでいただければ幸いです。

柔術を始めてみたいけど運動音痴なのでできるかどうか不安な人。

柔術を始めてみたはいいけど、なかなか青帯、紫帯に昇帯できない人。

柔術を始めてみたはいいものの、辞めようか悩んでいる人。

どれくらいの期間で青帯、紫帯になれるのか知りたい人。

こういった人にとって参考になる点がいくつかあると思います。

運動音痴でも格闘技はできる。なかなか上手くならない白帯初期時代。

改めまして、当ブログ管理人のトミショーです。

早速ですが、私が柔術を始めた頃からの柔術歴を振り返ってみたいと思います。

僕が柔術を始めたのは、今から5年前の2016年。

ちょうど専門学校を卒業して、就職するまでに長い休みがあった頃、

運動不足解消目的に、社会人になってからでも続けられるスポーツを探していた時にブラジリアン柔術と出会いました。

もともと格闘技に強い興味があったわけではなくて、大晦日にテレビで放送されていれば試合を見る程度の感じだったのですが、なんとなく惹かれて道場に体験に行くことにしました。

始めて体験に行った道場でスパーリングを見学し、その迫力に魅了されてその日のうちに柔術を始めると心に決めたのを今でも覚えています。

最初に体験に行ったジムと最初に入会したジムは違うのですが、、、

いくつか道場に見学に行った結果、自宅から通いやすい大阪市内の道場に入門しました。

格闘技の道場とは思えないくらい、人当たりの良いインストラクターの先生達のおかげで楽しく練習を続けることができていたのですが、だんだん仕事と道場のクラススケジュールが合わなくなってきてしまい、確か半年も経たないうちにフェードアウトしてしまいました。

3ヶ月くらいだったかも?この辺は記憶も曖昧です。

私が練習に行くのが基本的には土日だったのですが、ビジネス街にある道場だった為、土日は人があまり集まっていなかったのも今思えば理由の一つでした。

当時の練習風景。強い先輩に可愛がってもらいました。

どうしても仕事とクラスの時間が合わなくなり、週に1度しか練習できなくなってしまいそこから次第に道場から気持ちが離れてしまいました。

最初の道場を辞めてから、しばらくは柔術を再開するつもりもなく、仕事場と自宅を往復する日々を過ごしていた頃。

仕事でも出来ることが増えてきてなんとなく充実はしているものの何か物足りない。

学生時代からずっとスポーツをしていた自分としてはやっぱり身体を動かしたいと思い、

半年くらいたったある日、なんとなく中途半端に終わってしまった柔術を再開しようと思い、ネットで関西にある柔術道場を探し、現在もお世話になっている道場を見つけました。

最初の道場を辞めてしまった二の舞にならないように、2回目の道場選びは何よりもクラスのスケジュールを重視して選びました。

具体的には練習の開始時間。

私の仕事は基本的には客商売のようなもので、定時などはなく、その日によって終わる時間がバラバラです。

ですので、何時に終わっても練習に行けるようにクラスの開始時間が遅い道場を選びました。

21時から23時までの練習時間で、途中参加も全然OKで22時からも参加可能。

どんなに仕事が遅くなった日も21時には終わっていたので、最悪でも22時から練習に参加できると考えて現在の道場を選びました。

今思えば、仕事が終わった後、22時から練習に行くなんて狂気の沙汰ですね。

そこからは水を得た魚のように、毎日仕事が終わっては練習に行くという日々を送っていました。

この頃は道場と自宅がかなり離れていて、23時に練習が終わってから、ダッシュで駅に向かい23時30分発の終電に飛び乗り、自宅に帰宅するのは24時半過ぎという毎日を送っていました。

体力的には少しキツかったものの、それでも練習が楽しかったので続けられましたね。

毎日練習できるようになったのでグングン強くなれるはずと思いきや、毎日毎日練習してもなかなかすぐに上手くならないのが柔術ですよね。(苦笑)

若かったので、スピードやパワーは今よりもあったと思うのですが、いかんせん柔術の動きができていないので、スパーをするたびに先輩達に極められまくっていたのを今でも鮮明に覚えています。

持ち前の運動神経の悪さ故か練習に行けども行けどもなかなか上達しません。

ちなみに、私の運動神経の悪さは下の投球動作を見ていただければ一目瞭然かと思います。

中学3年間続けていたサッカーでもずっとベンチを温めていました。

練習に毎日行っても上手くならない、毎日毎日極められる。

今考えれば、始めたばかりの白帯なんで極められるのも当然なんですが、当時はかなり真剣に悩んでいて、これ以上上手くなる兆しがなければもう柔術は諦めようかなと思っていました。

そんなネガティブマインドが切り替わったキッカケとなったのが始めて出場した試合でした。

道場の近くの武道館で練習試合があるから出ないか?と先生に誘われて、なんとなく気乗りしなかったのですが、確か出場費も1000円とかで安かったこともあって出てみました。

そこでは2試合に出場したのですが、嬉しいことに2試合とも勝利。

わけもわからず動き回って気付いたらバックを奪ってポイント勝利。

初試合はあまりにも必死すぎて、どんな展開だったか全く覚えていません。

今思えば、相手の方は2人ともかなり年上だったので勝って当たり前だったと思うのですが、当時は全く上手くなっている実感がなく、練習でも極められまくっていたので、まさか試合で勝てるなんて思ってもいなかったのでとても驚きました。

道場では毎日同じ人と練習することになるので、練習だけでは自分が本当の意味で上達しているかどうかはわからないんですね。

試合に出ることの大切さを身を以て実感した初試合となりました。

この頃で柔術を始めて約9ヶ月くらいです。

捻れてしまった柔術熱。青帯渇望時代。

そんなこんなで、初試合が終わってから辞めようかなと思っていた柔術熱がグングン高まってきて、それ以降も基本的には毎日のように道場に通う日々を過ごしていました。

仕事が忙しかったり、用事があったりで道場に行けない日もあったので、平均で週に4〜5回程度練習に行っていたかと思います。

この時の練習のモチベーションはただ一つ。

早く青帯になりたい!

これだけです。

白帯の人は誰だって早く青帯になりたいですよね。当然です。

ただこの頃の私の青帯への情熱は普通ではなく、ある種歪んだ情熱を抱えてしまっていたと思います。

というのも、この前の試合で私が勝利した人が、その日から程なくして青帯に昇帯していたんです。

たまたま試合会場で見かけた際に、その方が青帯になっていたのにビックリしたのと同時に、なんとなんとその方が青帯初試合でトーナメントを勝ち上がっていてよりビックリしました。

柔術初めてまだ1年も経っていない自分が勝てた人が青帯で勝ちあがれるなら、、、

自分だって青帯になれるだろ。

あの人よりも強い自分が白帯のままっておかしいだろ。

今思えば、ブン殴ってやりたいくらい舐めた考え方をしていたんですが、

当時は若かったこともあり、自分が白帯のままなんて可笑しいだろと本気で思い、

その日以来、早く青帯になれるように必死に練習しました。

そこからはスパーリングでも白帯の人が相手の時はとにかく圧倒できるように。

青帯の人が相手の時は、ポイント勝ちか一本取れるように。

紫帯以上の人が相手の時は首を討ち取ってやる!というように。

とにかく気合い入りまくりで練習していました。

特に出稽古で、白帯や青帯の人が来た時なんかは全力でスパーしていましたね。

白帯時代の自分が、勝てるように必死になって動くものですから、

練習している技を使えるわけもなく、今できる技ばかりを繰り返すことになります。

当然、できる技のレパートリーなんてないですから同じ技と同じ展開ばかりを繰り返す羽目になって上達から離れてしまっていました。

デラヒーバガードとクローズドガードしかできない状態。

昇帯には技術の向上が不可欠なのに、早く強くなりたいと思うが故に、逆に遠回りをしてしまうという、今思えば本末転倒の練習になっていたと思います。

若い時はそれくらいガツガツしていてもいいのかもしれませんが。。

そんなこんなで練習を続けていて、青帯になるには試合に出て勝って先生に認めてもらうことが一番の近道だとわかったこともあり、このくらいの時期からガンガン試合に出るようになりました。

具体的には、大阪で試合がある際にはほとんど出るといった感じです。

勝ったり負けたりを繰り返しながらも、徐々に勝てるようになり、白帯後半くらいは出場したほとんどの大会で入賞できるようになってきたのですが、そのどれもが最高で2位と、なかなか1位にはなれない状況が続きました。

優勝したら青帯昇級と言われるようになってから、なかなか優勝することができず、早く青帯になりたいという一心で焦っていたのですが、ちょうどその頃に仕事が忙しくなり、1カ月くらい道場に通えないことになってしまうことに。

もちろん試合からも離れることになりました。

結果的に、一旦軽く試合から離れたことが功を奏し、久しぶりに練習に行った際に、柔術の楽しさを再確認することができたんですね。

ここからは、仕事が落ち着いたこともあり、また同じようなペースで道場に通えるようになり練習に励むようになったのですが、不思議なことにあれだけ早く青帯になりたいと思っていたのに、その気持ちはいつの間にか消えていて、ただ単純に柔術を楽しみたいという気持ちで練習に臨むことができるように。

そんなこんなでいろんなガードを試したり、楽しく練習しているうちに、大阪で大会が開催されることに。

先生に出場することを伝えると、『優勝したら青帯ね』の一言。

確か10人くらいのトーナメントだったと思うのですが、3回勝てば優勝できるといった状況でした。

久しぶりの試合ということで緊張もしたのですが、ただ練習してきたことを試したいという気持ちで臨んだ結果、幸運な事に3試合とも1分弱で一本勝ちすることができて見事青帯昇級を果たす事ができました。

ここまでで、柔術を始めてから約2年です。

柔術では、アダルト世代の若い人だと1年弱で青帯に昇級することも珍しくないので、2年弱での青帯昇級は決して早いものではありませんが、運動音痴で大したスポーツ歴が無い自分でも青帯になれるということは非常に大きな自信に繋がりました。

このブログを読んでくれている方の中にも、自分は青帯になれるのだろうか、いつになったら昇級できるのか、といったことで悩んでいる方もいるかもしれませんが、なんだかんだ青帯くらいは諦めずに続けていれば誰でも必ず取得することができるものだと思います。

その証拠に、バッティングセンターではバットに球がカスリもせず、狙った所に球を投げることもできないような運動音痴の私でも青帯にはなれました。

諦めないで続けましょう。

ただ、なんとなく気乗りしない時は一度長期間休んでみるのもアリですよ。

気持ちがリフレッシュして、柔術の本来の楽しさを思い出せるはずです。

以上が私が柔術を始めてから青帯になるまでの過程です。

紫帯になった現在までを一気に書こうと思っていたのですが、思いの外長くなってしまったので、青帯から紫帯までの過程は『後編』として別の記事にまとめてみたいと思います。

長文になりましたが、最後まで読んでくださった方、本当にありがとうございます。

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